フものからして無謀さ。しかし、こういうことは二度とあるわけのものでもなし、おれとしてベストをつくすことにしたわけだ」
母の体の調子がわるくて、上陸することのできなかったナポリの港で、停泊している船のデッキから夜のナポリの街の美しい灯のきらめきを眺めながら、父が涙をこぼしていた、という小枝の話は、それをきいたとき、伸子の心をかきみだした。そのような父の感傷の動機も、今夜の話で、思いやられるところがあった。父はこんどの旅行で、どんなに多計代を主にして行動する決心でいるか、そのためにどれほど自分の自由をためているか。それにくらべればよそよそしさのある心でいる自分を伸子はすまなく感じた。
でも、それほどの泰造の心づくしは、それなり多計代にそっくり通じているのだろうか。和一郎が、納得していないというのだろうか。泰造の頭をマッサージしている伸子の手先が思わずとまった。
「お父様、そのお気持を和一郎さんたちに、ちゃんとお話になったことがあるの?」
泰造は咳ばらいした。
「――和一郎にだって、十分わかっているはずだ」
しかし、それは確信のない答えかただった。
伸子は、またマッサージをつづけた。夜更けの沈黙が、やや古風な家具調度の明るく照らし出されたアパルトマンの客室にみちた。その沈黙をつたわって、ペレール広場で路面の停車場へ出る地下電車《メトロ》の轟音が遠くから響いて来る。
「お父様、こんどの旅行について、いくらか陶器を手離しになった?」
「ああ、かなり売ったよ」
「どれを?」
「『せきれい[#「せきれい」に傍点]』と『牡丹』が主なものだ。――あとはお前知るまい」
どっちも十客揃いの中皿と大皿で、その図がらから『せきれい』『牡丹』とよばれている鍋島の逸品であった。泰造の蒐集のなかでは、参考品としての価値以上に好事家《こうずか》の間に評価されていた品々だった。
「あんなものも、いずれ保の役にでも立つだろうと思って持っていたようなもんなんだから、まあ、いいさ」
そういう父の頭をだまってマッサージしながら、伸子は涙ぐんだ。年とって保に死なれた親たち夫婦のこころもちには、まだ人生の前方ばかりを見はっている伸子や、生活を保証された長男の若夫婦である和一郎たちに、うかがいしれない微妙な動機がこもっている。嘱望していた次男の保のためにと心がけていたものを、おそらくは多計代が主唱して
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