波の裏が光るような笑を閃めかせた口元の表情で、ちょっと片手をあげて司会者に合図を送り、
「細部についての意見は、これまで討論で大体云いつくされたと思うんです。僕の考えでは、『新時代』はだんだんもっと計画的にナップの論説や大原の提案を解説する任務があると思うんです。全体をその方向にひっぱって行けば、投稿も整理されて来ると思う」
 いかにも背後に何かの力をもっている外部の先輩として結論を与えると云うように云い終った今中は、黒い小さい彼特別な光りをもつ眼を動かして皆を見渡した。
 文学における大衆化の問題が全般的にとりあげられている時代であった。広くもない窓のしまったまがい洋室の内には、煙草のけむが濛々である。烟は濃くて、人々の頭のところで渦巻き、天井でおさえられ、例の時代おくれの電燈の笠のうす赤いふちをぼんやりと浮べている有様である。作品の大衆化と面白さということが問題になり、戸山が、真面目に、しかし、どこか講壇風に、
「新しい意味での面白さというものは文学の芸術的価値と一致しなければならないと云う大原君の見解は全く正しいと思うんです」
と云った。すると、山原が両膝をひろく割って低い長椅子
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