もこの人にしてみれば女に対して自分が選ぶ自由をもった上での好みである。折りかえした形であらわれている上流人らしい傲慢さを感じて、みほ子は、自分の中に反撥するものがあり、店のほかの連中と一緒に興味本位でそのお喋りに入ってゆけなかった。
みほ子は、古びた茶箪笥からカリン糖を出してかじりながらハトロン紙のカバーをかけた雑誌をめくっていた。そこに出ているエスペラント講習会の広告を見ているうちに、きりっとした彼女の口元がいかにもおかしそうにゆるんで来た。
二年ばかり前、みほ子は店で化粧品部にまわっていた。そこで扱うのは殆ど舶来品ばかりであった。特別フランス語が多くて、白粉と香水の名を覚えるに、みほ子は片仮名で書いたカードをこしらえて、往復の電車の中で暗誦しなければならなかった。その困難と、毎日の暮しの余りの単調さとから、いっそフランス語を勉強して見ようという気になった。みほ子は、神田の或る名の知れた教授所へ行った。受付口で初等級への手続をした。黒い事務カフスをつけたいくらか気取った若い男が、小さな風呂敷包を窓口において上気している物馴れないみほ子に向って、
「お名前は?」
ときいた。
「あの
前へ
次へ
全43ページ中41ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング