り読んでいるようなことがあった。
 六畳の縁側は雨戸がしまって、父親がのこして行った蘭の鉢が二つばかり置いてある。表のかざり屋の職人が、何かの金属を軽く早く叩いている澄んだ響がそれより遠方のラジオの三味線の音の間に聞えて来た。按摩の笛が坂の方を流してゆき、朝は騒々しい界隈であるが、宵は早く、身につまされる裏町の夜の静けさがあるのである。
 みほ子の心に、きょうの最後の客であった庇髪の女の顔が浮んだ。そして、いろんな想像や連想から、「大阪の宿」という小説のことを思い出した。その小説を書いた人の親の家が有名で、店の顧客だというようなことから誰かが随分古くかかれているその本を持って来た。その小説の作者は、三田という人物の感想として、令嬢といわれる階級の若い女たちが、すっかり親に庇護されて、自分自身には何の力もないくせに、いやにつんとすましているのがいやだ、なかみのない気位がいやだ、と云うことを力説していた。それかと云って先祖代々贅沢をしあきて来たような顔をしている芸者も、どこが粋なのか、すっきりしているのか分らないと、歯ぎれのよい文章でかかれていた。主人公の三田という男が、勤めの往復でいつも
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