袋をはいた足をまめに動かして、みほ子の脱いだものを衣紋竿にかけ、帯を片よせ、チャブ台を長火鉢の横へ立てた。
「ああ美味い」
「ちょっとたべられるだろう、これで十銭よ」
 六畳の電燈を鴨居のところまで引っぱって来て、みほ子が洗いものをした。
「さあ、お風呂へいっておいでよ」
 みほ子は、風呂敷包みから出した雑誌をめくりながら、
「おばあちゃん、いっといでよ」
と云った。
「私、きょうやめる。何だかもう面倒くさくなっちゃったもん」
「若い女がそんな――みほちゃんはきめがこまかいから、お風呂にさえよう入っとりゃ、いつも本当にきれいなのに。髪だってそんなに見事なんだし……」
 みほ子がとりあわないので、おむらは細々と糠袋までとり揃えて、羽織をかえて湯へ行った。みほ子の父親が大正七八年の暴落で大失敗をし、一家離散の形になって、妻の故郷の田舎町の保険会社へつとめて行くまで、おむらは亡夫の昔の同僚であって現在では実業界に隆々としている男の家へ、紋付の羽織で盆暮には出入りするのを楽しみと誇りにしていた。高等小学校を優等で出て、縹緻《きりょう》もよいみほ子、勤め先での評判もいいみほ子を眺めるおむらの眼に
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