どうかしているけれども、それなら店の誰が互に家を知らせあって行ききしているだろう。自分の家を何か人前に出したくないような心持をもっていないものがいるだろうか。みほ子は自分にも在るその卑下した心持が苦しくくちおしくもあって、腋の下が汗ばんだ。
 車庫前で降りて、だらだら坂を左へのぼった。かざり屋の裏の生垣つづきの木戸をあけて、
「ただいま」
 上り端の三畳の電燈を背のびして捩りながら、
「まあ、おかえったかい、おそかったこと!」
 祖母のおむらが、土間に入ったみほ子の方をすかして見た。
「どうおしだろうと、気が気じゃなかった」
「お友達のお見舞にまわったもんだから……」
 みほ子は、六畳の長火鉢の前に横坐りになるとすぐ足袋をぬいだ。それから帯をといて、思わず、
「ああア」
 拳を握ってトントンと、銘仙の着物の上からふくらはぎを叩いた。店の中では殆ど立ちづめであったし、その時間の電車で腰かけることなど思いもよらないことである。
「おなかがすいてじゃろう。みほ子さんのお好きな芝海老を煮といたよ」
「そうお。すみません」
 おむらは、馴れない者はびっくりするような年に不似合な若やぎで、茶色の足
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