五

 みほ子の住居は、そこから山下まで戻ってまた電車をのりかえなければならないところにあった。電車の数がすくないので、此方の混み合いようはひどかった。しかもカーブつづきで池の畔をまわってゆくので、乗客がグーと一方へ重心をかけて揺れかかって来ると、出入口の金棒のところにおっついているみほ子の胸元が痛いほど圧しつけられる。みほ子の隣りに、これも金棒によって四十がらみの勤め人風の男がいた。金棒の上へ書類鞄をもちあげている。その鞄から弁当の汁の匂いが滲み出てみほ子の顔の前にこもっている。乱暴に電車がカーブを切る度に一斉にこっちに揺られ、またあっちへ揺り返されしながら満載されて帰途についているこの人達は、それぞれどんな家へ戻って行こうとしているのだろう。みほ子はよく唱歌で云う「楽しき家路」という文句が、悲しく皮肉に思い出された。
 夏なんか、夜の濃い大きい星空の下に、小さな家々が虫籠へ灯でもともしたように、裏まで見透しにつづいているのを見ると、みほ子はそこにある人間の生活というものが考えられ、一種異様な侘しさを感じるのが常であった。
 幸子があんな風に泣いて飛び出したりしたのは、
前へ 次へ
全43ページ中35ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング