球のついた広告が出ている先に、埃でくもったような下駄屋のショウ・ウィンドウが目に入った。
「あすこらしいわね」
「そうねえ」
 三人はひとりでに歩調をゆるめて、そっちを見ながら行ったが、みほ子は何か苦しいような表情になって、袂から出したハンケチで汗が出ているのでもない小鼻のまわりを拭いた。
 十五銭、三十銭という下駄の並んだ台が二つ並んでいる店のうす暗い電燈のポツリとついた奥のところで、父親らしい中年寄がすげ替えの鼻緒の金を打っている。
「どうしましょう」
 気おくれがしたように小さい声で友子が云った。
「折角来たんですもの――上らなけりゃいいわ」
 時江が、店へ入って行って、
「御免下さい」
と云った。
「いらっしゃい」
 商売の客に向って永年云い馴れた小商人の応待で答えた父親は、時江が、
「あのう、幸子さんいらっしゃいましょうか」
と云うと、びっくりしたらしく、
「幸子はおりますが……」
 膝を組直したらしい気配で、
「こりゃあどうも――」
 飾窓のわきへ半分身をよせて佇んでいたみほ子と友子との方をすかして見るようにした。みほ子は挨拶をした。
「あの、ちょっとお見舞にあがったんです
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