けど――」
「そりゃどうも相すみません」
父親は、
「おい、おい」
鈍く電燈に光っている下駄棚の間に見える茶の間に向って声をかけた。
「おい、幸子にそう云って……」
小さい男の子とそれから三つ四つ年かさの幸子の弟妹らしい女の児とが首を重ねて店先をのぞいた。
「お、姉さんにお客様だって云いな」
父親は、
「どうも狭っくるしいところで……さ、お入んなすって……」
店の土間には二つ腰かけがあった。
「さ、おかけなすって。――おい、どうした」
店の奥は一間しかないらしく、そこから母親らしい圧し殺した声で、
「何だろう! ちょっとこれをひっかけてさ、何もお前……」
しきりに何か云っているのが聞えた。みほ子は、気の毒そうな顔をかくすことが出来なくなって、
「あの、ほんとにちょっとおよりしたんですから……」
と、舌がひっかかるような軟い調子で云った。
「およっていらしたんなら、もう結構ですから……」
「いいえ、なに……おい、おい」
こちらへの云いわけの心持で母親はすこし声高に、
「ほんとにまあ……さ、どうしたって云うんだろう」
ついそこの物蔭に立っている幸子は泣いているらしい様子で
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