敷包みを持っている方の手でおさえて隣りに立っている時江にみほ子が云った。
「水菓子か何か――きっとよろこぶわ」
それっきり話さず、三人は金杉で降りた。停留場のすぐわきの果物屋で、ネーブルとリンゴを買った。出る時は、簡単にわかるわよ、と云っていた時江も二つ三つ角を曲って思うところへ出ないと、もうこの辺の地理には友子同然見当がつかず、みほ子が心持内輪な勤勉な歩きつきで、酒屋の店へ入って行って丁寧に訊いた。もとより勝気でもあるけれども、みほ子の人柄には善良さと少女時代からの勤労から骨惜しみをしない気質とが自然にとけあっていて、出しゃばるというのではなくて、何かにつけ、まわりが困って見ると、みほ子がたよられているという風なのであった。
一二間先へ行って、とある写真屋の横丁をのぞいていたみほ子が、思わず高く呼びたいのを抑えた声で、
「ちょっと、ちょっと」
おくれている連中を招いた。
「この横だわ、ほら、ね」
写真屋の横羽目に、エナメルの番地札が打ちつけられてある。八百屋、電気器具屋、美髪所、どれも表通りへは張りかねる苦しい店をこの横丁に開いているという街筋であった。ビリアードの赤と白との
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