のであった。
友子が、
「きょうよるんですって?」
と、通路側へ立ってカバーをひろげているみほ子に云った。
「あなたどう? お家の方かまいません」
「ええ。かまやしないわ」
店の入口がしまると、洗面所のところでかえりの身じまいをしながら、一番年下の友子が、
「あら、どうしましょう、私幸子さんの番地もって来なかったわ」
と鼻声になった。
「私知ってるから大丈夫よ。金杉一丁目の十九かでしょう?」
「わかるわよ」
水で洗った顔へコンパクトを動かしながら時江が、軽く亢奮しているような声の調子で云った。勤めのかえりにどこかへよることが珍しかったし、まして同僚の家へ行くなどということはこれまでなかったことである。三人は、いくらかいつもより気をつかってきちんと帯をしめた身じまいよい胸元へ、きつく弁当箱をつつんだ風呂敷包みをかかえて、日和の歯音を立てながら通用口から外へ出た。
電車は例の如く混みあっていて、三人並んで吊皮につかまると、かけている男たちの膝をよけて立っているのがやっとである。
「ほんのすこしのものでいいから何か買ってってあげたいわね」
たかく吊皮につかまっている方の袖口を、風呂
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