はがんこに田沢の顔からそらしている。豊かな頬から顎へかけて、激しい内心の動揺が、憤ったような表情を見せた。それは濃い、激しい、香の高いはりつめられた期待とそれへの抵抗である。瑛子は、いきなり身じろぎをして、特徴のあるせきばらいをすると、真面目な、やはりおこっているようなところのある声で、
「御勘定を――」
と云った。
再び人のかたまっている雑誌の台の横をぬけて階段にさしかかった。瑛子は一段一段と自分の重さにひかれるように降りてゆく。その肩に自分の肩をすり合わせてゆっくり、ゆっくり降りながら、正面を向いたなり田沢が、
「ああ、このまんまどっかへ行っちまいたい」
と囁いた。
「――行きましょう」
「…………」
「行きましょう」
「…………」
階下の通路を真直に抜けて、彼等は店の外へ出て行った。
四
いまどき余り見かけない束髪にその女客が髪をあげていたばかりでなく、何か印象にのこる余韻をひいていた二人連が去ってから、みほ子は暫くガラス・ケースの奥に立ってぼんやりと外の方を眺めていた。
向いあって売場のある下着類のところから、同じように水色メリンスの事務服をきた時江
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