「あなたは地味な方が似合うのね」
また、ケースの方へ漫然とうつった。それは瑛子であった。ふだん誰のためにもネクタイなどを選んで買ったことがなかったので、こうして田沢に似合うのをと思っても、何だか見当がつきかねるのであった。年の割に化粧の濃い独特の強さと俗っぽさと美しさとの混りあった瑛子の華やかな顔は微かに上気していて、馴れぬ買物をしようとしている女の誰でもがあらわす昂奮とはまた異ったはにかみを浮べている。
細そりとしなやかな体つきの若い女店員がガラス・ケースのあっち側に立っていた。指の節が柔かく窪んで、自然な表情を具えている手を動かして、客をまごつかせない心づかいでその辺をしずかに整理している。瑛子は、
「ちょっと」
と、その女店員を呼んだ。
「その二側目の右から三つめのを見せて下さいな」
「これでございますか」
「ええ、そう」
それは、トゥイード風な茶と緑と黄の混った織物で、わるい趣味ではなかったが、田沢がカラーのところにあててこちらを向くと、蒼白い顔色や眼鏡とその織物との間にそぐわないものが生れた。
女店員は、それを感じている風で、
「こんなお色もございますけれど」
ず
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