ず歩道へ降り、半ば後をふりかえるようにして番人のあけた硝子戸を入った。毛皮を肩にかけて艶々したオリーブ色のコートを着たずっと年配の女が、ダイヤモンドの目立つ片手を毛皮の襟巻の端にもち添え、おくれて同じ店に入った。
中央にゆるやかな踊場のついた大階段があった。その右手に金釘のどっさり打たれたワードロオブ・トランクなどがあり、ずっとその前を行ったところに男ものの雑貨売場がある。
この店の内部はいつも比較的閑散である。格別いそいでいるのでもない足どりで、新しく来た二人の客はネクタイ売場へとまった。ガラス・ケースの中を一わたり眺め、女が、
「いかが? お気にいるのがありますか」
顔をケースに向けたまま訊いた。男も女の方を見ず、
「さあ……」
気に入ったのが目に入らないと云うよりは、どれが気に入るのか自分でも判らないという工合である。男は、書類入鞄をケースの上にのせて、それに片肱をかけるようにしながら、
「奥さん、見て下さい」
と云った。
「どんなのがいいのかしら」
ケースの上に、ぐるぐる廻して選べるようにしてある分を、帯止めでも廻して見るように見たが、これぞと目をひくのがないらしく、
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