ンツィア出の同志は大抵、監獄へ訪ねて来たり、後ではシベリアへまでついて行こうと云うような婚約者をもっていた。けれども労働者の面会人はその母親だけだった。彼等は孤独だった。面会に来てくれる母親は息子と同じような感激を抱いていなかったから。『母』に描かれているような母と息子との本質的な結合が、大衆の現実の生活にあらわれて来るより前、それはそういう若い労働者にとってどのくらい待たれ希望されていたかということを、シャポアロフは含蓄をもって書いているのであった。
そこに吐露されている真情は、現在重吉の感情の深いところに横《よこた》わっている或るものにふれた。忘れ難い共感と限りない惻隠の情とがあるのであった。だが、こういう娘たちに果してどこまでその感情が真実のものとしてわかり得るものなのであろう。重吉の眼の裡に翳《かげ》がさした。やがてそれが消えた。三人は、入った方とは反対の方角にある公園の門から、濠端へ向った。
三
大きな硝子戸は閉められていて、店内へ入ろうとする人影がさすと、下足番のようにしてそこにいる男がその硝子戸をあけた。止った一台の車から書類入鞄を下げた若い男が先
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