「まあ悠々とやるんだね」
 そう云って、信じるところありげな眼の中に輝く笑を浮べた。
「一生のことだろう? いそがずといいさ。必要なら、どういう仕事でもやるという確信で、今の場所で最善をつくしていればいい。そうだろう?」
 云いながら、重吉は自分の胸に迫って来る感動を覚えた。彼自身への未来は果してどのように展開されて来るであろう。彼が、高校時代から自身の才能についても活動についても、期するところあって自重している。その精華はいつどのような形で、新しい歴史の裡に活きるであろうか。それは彼の前にもまだ示されていない。
「すこし歩こうか」
 三人は、それぞれの感動でしばらく黙って、かたい芽のふくらみ出した樹の間から、青空の見える小道を歩いて行った。ぽつぽつ話し出して、重吉が、
「この頃、みんなどんな本よんでいるかい」
ときいた。
「多喜二のものやなんかよむかい?」
「読んでいるけど、感想きくと、大抵素敵だと思うって云う程度なんです」
「『母』なんかもよますといいな。シャポアロフの自伝の中に、労働者がゴーリキイのあの小説をどんな心持で愛読したかということが大変よくかかれているよ」
 インテリゲ
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