っと紺ぽい調子のを出した。
「いいじゃないですか」
 二人はそれを包んで貰って、大階段を、極めてゆっくりと並んで二階の図書部へのぼって行く。丁度ネクタイの売場からその後姿が見えた。女店員の高浜みほ子は、上瞼にすーとした勝気らしい美しさのある眼をあげてちょっとその方を眺めた。男が、紺ぽいネクタイを見て、いいじゃないですかと云ったとき、連の女が、あなたがいいのなら、それにおきめなさいなと云った、その声の響には、おのずから今二階の手摺のかげを曲ろうとしている二人の後姿を見送らせるようなものが流れていたのであった。
 階下より、寧ろ階上の方が混んでいた。パイプを喞《くわ》えた赭顔白髪の夫と伴立《つれだ》って贅沢なファー・コオトにジェードの耳飾をつけた老夫人が品のいい英語で店員に何かのグラフィックを運び出させている。新刊書の台のまわりには五六人かたまっており、あちらの棚、こちらの棚や特に流行本《ファションブック》や映画、通俗婦人雑誌を並べたところには、ぐるりとその台をかこんで、外国雑誌の鮮やかな印刷の匂いや良質な紙の感触をたのしんでいる主として若い連中がある。
 瑛子は田沢と並んで新刊書のあたり
前へ 次へ
全43ページ中24ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング