宏子の顔に緊張した注意があらわれた。三田のことについての紛擾がああいう不活溌な結果になって終ってから、はる子は、学生生活に疑いをもちはじめた。そのことは宏子も打ちあけられている。
「私こないだの経験からいろいろ考えているんです――組合へついたりしちゃいけないんでしょうか」
 太田というひとは何と答えるであろうか。宏子ははる子自身にまけない期待でまちもうけたが、重吉は何とも云わない。口を前よりもかたく結び、濃い眉をうごかして一種の身じろぎをしたばかりである。
「どうせ学校だって、おしまいまでいられるかどうか知れやしないんだし……」
 熱心な、訴えをこめた声ではる子は、
「私、何かもっと基本的に成長したいんです」
と早口に云った。すこし赤い顔にさえなっている。
 重吉には、はる子の置かれている心の状態がよくわかった。こういう苦しい訴えが、嘗て一遍も重吉の胸に湧いたことがなかったと云えようか。良心的な学生のいくつかの心をとらえたことがないと云えようか。当時思想的な波はひろく深く及ぼしていたが、例えば前衛の活動などについては、忍術武勇伝式の想像をもって描かれていた時期をまだ余りすぎていな
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