のどっちへともつかず云った。
「俺は例の伯父貴にわたりがついたから行って見るんだ。先ずもって枢機に参画する必要があるからね」
山原には商工会議所の相当なところにいる伯父があって、将来の就職のこともかねて遠大な計画ありげに日頃から話していた。
光井がそれとは別に、
「ずっとうちかい?」
と重吉にきいた。
「夕方まで用事で出かけるが、あとはいるよ」
返事しながら、重吉はさっきポケットへ入れたばかりの銀貨の中から小銭をつまみ出して、赤や緑で花みたいな模様をかいた粗末な支那丼のわきへ置いた。
二
ガード下へかかると、電車の音も自動車の警笛の響も急にガーッと通行人の体を四方から押しつつむようにやかましくなる。黙ってそこを通抜けて真直歩いている宏子の生真面目な顔の上には、折々、何処へ行くんだろうという疑問の色が目にとまらないくらいに現れては消えた。宏子は、その疑問を一種の謹みのような心持から口に出さず、はる子が来るとおり黙ってわきを歩いているのである。
寄宿を別々に出て、省線の或る乗換駅のホームで落ち合うまで、はる子がこまかい説明を宏子に与えなかったのは先輩らしく規律
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