然現象と人間の実践との混同などに、極めて微妙な未発展の部分がふくまれていることを告げているのである。
 重吉は、大木初之輔が、その月に或る文学雑誌に発表した論文をとりあげた。重吉の態度には、別に自分というものを一同の前に押し出そうとしていない青年の自信あるさっぱりした淡白さと同時に、論議そのものは飽くまでつきつめて行こうとする骨組みがあるのであった。
 大木の論文を読んでいない者があったりして、重吉の提出した問題は、その席では二三補足的な意見を出されただけで終った。
 先ず今中が立って、鳥打帽をかぶり、茶毛のジャケツの襟を立てて出て行った。編輯関係のものだけのこり、
「行くか?」
「ああ」
 書類鞄をかかえた山原を加えて重吉、光井が一団となって再び狭っくるしい裏小路から往来へ出た。
 夕方は雨になりそうであった空が夜にいってから冴えて、昼間の烈風ですっかり埃をどこかへ吹き払われてしまっている大学前の大通りは、いつもより一層広くからんとしたように見とおしが利いた。星が出ている。
 暫く賑やかな方へ歩いて行ったとき、山原が、
「おい佐藤、少しひどいぞ」
と云った。
「現在の自分のおくれてい
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