にオルガンがあり、壁に音階表がかけもののように下っていた。裁縫室は音楽室にもなるのであった。田代先生といういつもシングル・カラーをして薄い髭を生やした音楽の先生が、唱歌を教えた。その先生は、冬の寒いとき、子供たちがつい八つくちから手を入れて懐手をしているのをみつけると、そらまた、へそを押えてる! と注意した。上級の女の児は、そう云われることを大変きらった。田代先生は髭のついている口を大きくあけて、男のどら声のような声で、しかし音程は正しく「空も港も夜は更けて」というような単純な歌を教えた。
 その室のとなりに教員室があり、子供たちにとって、教員室というところは、なみなみの思いでは入って行けない別世界であった。一人でさえ威風堂々たる先生たちが、二列に並んだ塗テーブルに向いあってぞっくりとかけて居られ、その正面には別に横長テーブルがはなれて置かれていた。そこのテーブルは校長先生の席であった。子供たちは校長先生の白く長く垂れている髯と、うすいあばたの顔を思い出すと黒いフロックコートしか思い浮ばなかった。校長先生はそれほど特別の偉さであった。式は、女の児の三年から六年までの教室をぶっこぬきにし
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