藤棚
宮本百合子
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【テキスト中に現れる記号について】
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)黒いはっぴ[#「はっぴ」に傍点]を着た
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あちこちに廃墟が出来てから、東京という都会の眺望は随分かわった。小石川の白山から、坂の上にたって、鶏声ケ窪の谷間をみわたすと、段々と低くなってゆく地勢とそこに高低をもって梢を見せている緑の樹木の工合がどこかセザンヌの風景めいた印象をあたえる。巣鴨から来た電車がゆっくり白山を下りて指ケ谷へ出る、その辺で左手の裸の崖を眺めると、くすんだ赤い煉瓦の塀のくずれたところがあったりして、やはり荒廃のうちに一種の美しさが感じられる。この左手の崖の上に、白く大きくコンクリートの建物がのこっているのが遠くからでもよく見えた。そして、そこが西片町の誠之だときくと、わたしは、何だかおどろいて、光る白い建物を眺めやる。大変よく知っている懐しいところの感じと、まるで見知らないよそよそしさの交りあった面白い心持で。――
わたしたち姉弟が、紺絣の筒袖に小倉の小さい袴をはいた男の児と、リボンをお下げの前髪に結んでメリンスの元禄袖の被布をきた少女
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