いに心を安んずることが出来た。」と書いている。落梅集に「枝うちかはす梅と梅」「めぐり逢ふ君やいくたび」「あゝさなり君の如くに」「思ひより思ひをたどり」その他少くない愛の詩が収録されていることも、当時のそのような事情とあわせ考えるとき、おのずから微笑ましく肯けるのである。
『落梅集』が詩人藤村にとって、少くとも今日までのところは最後の詩集となっている。小諸生活、良人となり父となって境遇の一層社会性の豊富になった日常は、藤村に「詩から小説の形式を択ぶように成」らしめた。
詩から小説へと移ったこの重大な転換の動機は、これまで藤村自身によって、その文筆的労作の中にこまかく分析されてはいないようである。様々の複雑なものが絡み合っているであろう。けれども詩では謳い切れず、表現しきれぬものが、社会生活から彼の精神に呼びかけるようになって来たことが、その動機の一つをなしていることは確かである。
「千曲川のスケッチ」は、詩から小説へ移る間の足がかりとして、藤村の全作品の系列の中に深い意味を保つものである。この時代、日本文学の動きのうちにホトトギス派の写生文の運動がおこり、現実生活と芸術との関係について
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