しょう。何処か戸閉りを忘れた所がありませんかしら。まあ一廻りしてから、お宅の中を一寸見せていただきましょう。
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 少しなえた様な服を着て、猪首の巡査は、何か云っては赤い顔をした。
 疎な髯のある肉のブテブテした顔が、ポーッと赤くなり、東北音の東京弁で静かに話す様子は、巡査と云う音を聞いた丈で、子供の時分から私共の頭にこびり付いて居る、
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「何ちゅうか、あ――ん
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とそり返る概念を快く破ってくれた。
 私はその巡査がすっかり気に入った。
 可愛い人だと思いながら、背を丸くして行く彼のお供をして行くと、成程、まだ新らしい用箪笥が滅茶滅茶になって居る。
 鍵がかかって居るのを、無理に何か道具でこじあけたと見えて、金具はガタガタになり、桐の軟かい材には無残な抉り傷がついて居る。
 これには、母がまだお嬢様だった時分、書いたものや、繍ったもの、また故皇太后陛下からの頂戴ものその他一寸した私共には何でもなく見える、髪飾りなどばかり入って居たのだ。
 地面にじかに投げ出されたものの中には、塩瀬の奇麗な紙入だの、歌稿などが、夜露にし
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