立五周年の記念に千円出し、更に維持員をつのることで、雑誌も続刊されることに決定したのは、六時近くであった。

 今そこから彼等が出て来たうなぎ屋の数本の高い竹の葉が、夜に入って少しそよいで来た風に微かな葉ずれの音を立てている。パナマをぬいで、上着のふところへその僅かな街頭の涼風をはらませるようにしながら信一が昼間のままのなりで傍に立っている道子を顧みた。
「さて、――どうしますかな」
「お義兄《にい》さんは? 時間おあきになっているんですか」
「ああ今夜はひとつゆっくり話もしたいと思っていたから――同じことなら、じゃ河岸っぷちへでも出るとするか」
 尾張町の角から、築地河岸の方に向って二人はぶらぶら歩き出した。おでこから頸のまわりへ真白く汗しらずを塗られた浴衣姿の小さい男の子が手に赤い豆提灯をぶら下げたまま、婆さんにおんぶされて涼んでいる姿など、いかにも下町のこの辺らしい。
 事務所から疲れ切って道子は義兄と会食の約束があった竹葉へかけつけ、折角であった御馳走も今|漸々《ようよう》胸に落付いたような工合である。飯を食べながら信一は、啓三の留守の間故郷の田舎から河田の両親を東京へよび迎え
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