らなかったのである。
 そして、なおなお彼女の心を乱したことには、どんなにああ悪いと思うようなことも、皆決して、むき出しの悪いままではやって来ないことであった。
 善さそうな声や、愛嬌のある微笑を湛えながら、それ等は優しいしとやかな姿を装うて来る。
 彼女は自分の信じている人々――その人達はいつも善く正しいものだと許り思っていた人が――言葉とはまるで反対のことを平気でしているのを見た。
 可哀そうがられるべきだと云われつつ、気の毒な人が堪らないような辱《はずか》しめを蒙らなければならないのを知った。
 それ等のことに対して、彼女はいかほどの「感じ」を持っただろう。明かに矛盾を認める心、真正なことの裏切られる苦痛、適当な言葉を知らず、整った順序に並べることの出来るほど、複雑な頭脳を持っていなかった彼女は、何も彼にもただ感じるだけなのである。
 ああ、そんなことをするものではない、彼女は黙っていられないような、感じに打たれる。そして、顔があつくなり、息の弾《はず》んで来るのを感じる。けれども、彼女はあなたのどこは、どう悪いからお止めなさいということは出来ない。自分の心が唸りを立てるほどに漲
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