かった。そして、それ等のことは一つ一つ皆丁寧に、彼女の心のうちで、「善いこと、正しいこと」という言葉で総括されている一つの道徳的標準と照らし合わされ、引きくらべられて、各自の価値をつけられる。
 その価値は、即ち彼女の思っている「立派な人」の一分子として取り入れらるべきものであるか拒絶されるべきものであるかということなのである。
 ところが、だんだんと立つうちに、彼女はまったく驚き、混乱せずにはいられないいろいろなことに出会い始めた。
 赤という色は、それが赤であるかぎり、誰に見られても、どこに置かれても変りない赤であると思っていた者にとって、まったく同じその赤が、或るところでは、紫だと云われ黒だと云われ、もっとひどいときには、赤に違いない赤を見、見せながら、
 これは、青ですね。
 ええ、あなたがおっしゃるんだから青でしょう。青に違いありません。
と云うのを知ったことは、どれほどの意外さであり、また不快であったろう。
 すべてのことを信頼し、尊重しようとして期待し、心を打ち開いていた彼女は、まったく思いもかけなかった厭なもの、悪いとほか思えないことを、事々物々の裏に、見出さなければな
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