発物を、なお残りの隻眼で分析する勇気と、熱愛と、献身とを持つ」
彼女は確かに失望もし、情けない恥かしさに心を満たされもした。
けれども、極度な歓喜に燃え熾った感情が、この失策によって鎮められ、しめされて、底に非常な熱は保留されているが、触れるものを焼きつける危険な焔は押えられた今、まったく思いがけないもの――静かに落着いて、悲しげな不思議な微笑を浮べながら、
まあ、まあ落着きなさい。え、落着きなさい。
と囁くもの――を、自分の心の中に感じたのである。それは、あの守霊でもなかったし、神様でもなかった。まして、感情が戯れに見せる空想でもなかった。
幾重にも幾重にも厚く重り、被い包んでいた感情が燃えぬけた僅かの隙間から、始めてほんとの理性が、今、静かな動ぜぬ彼の姿を現わしたのである。
まあ落着きなさい、それからとっくりと考えてみなさい……
彼女は、上気《のぼ》せていた頭から、ほどよく血が冷やされるのを感じた。そして、非常にすがすがしい、新らしい、眼の中がひやひやするような心持になった彼女は、もうまごつかなかった。あっちこっちへ、駈けずりまわる周章から救われた。理性の出生は遅すぎた
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