六
まったく。悲しき親友よ!
「私はきっと今に何か捕える。どんな小さいものでもお互に喜ぶことの出来るものを見つける。どうぞ待っておくれ」
彼女は、否でも応でも、彼等に向って別れの手を振らなければならなかった。
が、何かを捕えようとして延した片手の方角には、いったい何があったろう。
失敗した計画が、しおしおとうなだれて行くあとについて、これこそ自分の一生を通じてするべき仕事だと思われた確信が、淋しい後姿を見せながら、今までより一層渾沌とした、深い深い霧の海の中へ、そろそろと彼の姿を没してしまうのばかりが見られる。
そして、目前には、遺されたいろいろの問題――ほんとの愛情、善悪の対立の可不可――が、黒く押し黙って、彼女の混惑した心に、寒い陰をなげたのであった。
「私は、私の全部において失敗してしまった。大変悲しい。恥かしい思いに攻められる。そして、なおその上、失敗した思想以上に、一分も進んではいない頼りなさ、不安を感じずにはいられない。けれども、
神よ我に強き力を与へ給え……。
私は決して絶望はしない。絶望してはいられない。真面目な科学者は、彼の片目を盲《めしい》にした爆
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