かもしれないが今現われてくれたことは、ほかのどのときにおいてよりも、彼女にとって幸福な、ほんとに役立たれる場合であったのである。
 彼女は微かに、自分の性格が、根本的にある変化を与えられようとしていることに気が附いた。
 自分としては、この失敗とこの理性の目覚めを伴わなければ開かれなかったと思われる方へ、非常に非常に僅かではあったが望みを見出した彼女は、或る意味においての感謝をさえ感じながら、二冊目の帳面の扉へ
 求めよ、さらば与えられん。
と、丁寧に書きつけた。そして、反抗や焦燥や、すべてほんとの心の足並みを阻害する瘴気《しょうき》の燃《た》き浄められた平静と謙譲とのうちに、とり遺された大切な問題が、考えられ始めたのである。
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「自分は、彼等を愛した。それは確かである」
けれども、その愛が不純であり、無智であり、近眼であったからこそ、こういう失敗は来たされた。それは否定出来ない。
「それなら、ほんとの愛情、ほんとの愛情に到達する段階は何か」
[#ここで字下げ終わり]
 第一頁に書かれた、その文句と向い合いながら、彼女は、黙然とせずにはいられなかった。
 ほんとの
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