んだんと勢を得て来たのである。
「私は、鍵を与えられた。それをどう使い、どれほどの宝物を見出すかは、私にまかせられてある。それは確かだ」
 いつもの洋罫紙へ赤の圏点を打って彼女はまたこう書いた。
「あの美くしい層雲を見よ。地上に咲き満ちる花と、瞬く小石と、熟れて行く穀物の豊饒を思え。希望の精霊は、大気とともに顫う真珠の角笛を吹く……」
 けれども、そう書き終るか終らないうちに、苦痛の第一がやって来た。彼女は、幸福に優しく抱擁される代りに、恐ろしく冷やかに刺々《とげとげ》しい不調和と面接し、永い永い道連れとならなければならなかったのである。
 以前より、自分の正しいと信じるところに勇ましくなった彼女は、あなたはどう思いますという問に対して、正直に、私はこう思いますということを述べた。自分の心にきいて、恥かしい理由のないことは、どしどしとして行った。自分では、何でもないと思うそれ等のことは、まったく意外なことに皆、行く先々で衝突する何物かをもっていたのである。
 活溌に、希望に満ちて、スタスタと歩いて行った彼女は思いがけないところで、牆壁《しょうへき》に遮られた。
 始めの一二度は、おや、
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