らないようになった。知っているつもりだったのに、何も浮んで来ない。ちっとも分らない。
驚いて、心に不安と混乱とを感じながら、自分の前に、隣りに、または後に、美くしい声を張って楽しそうに歌いつづけて行く仲間の顔を見まわす。そのときの、その通りの心持が今、彼女の胸を満たしたのである。
三
偉い人というのは……、
どこかで声が聞える。彼女は耳を澄ませ、大急ぎでその方に駈けつける。
そして、一生懸命に聞こうとするけれども、よく聞え、よく透ったのは最初のその一句だけで、後の大切だと思われるところは、何だか声が小さかったり、言葉が混雑していたりして、いくら気をつけても、ちゃんとした意味が飲みこめない。
これでは困ると思ってしまいに、体を動かしたり、目を瞑ったりして聞きしめようとしているうちに、話し手は、また、一番初めと同じ勢のいい、賑やかな声で、
それ故、あなたがたも、皆修養して、立派な人格の所有者とならなければなりません。
と云うと、待ちかまえていたような、拍手が起る。お辞儀をする。そして、お話はもうすんでしまったのである。
せっかく気を張りきって、多くの期待を
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