た向うには、馬ごやしの厚い叢に縁取りされた数列の花床と、手入れの行き届いた果樹がある。
 湿りけのぬけない煉瓦が、柔らかな赤茶色に光って見える建物の傍に、花をつけた蜜柑が芳しい影をなげ、パンジー、アネモネ、ヒヤシンスと、美くしい色と色とを反映させながら咲き続いた花壇の果は、ズーッと開いて、折々こぼれるような笑声につれて、まあるい蹴鞠《けまり》の音を、彼方の空へ反響させる広場が、心持の悪くないほどの薄さで周囲の空気を濁らせながら、その一端を見せている。
 暖く晴れわたった空を画して、くっきりと見える長い校舎の屋根、その上に懸ってまどろんでいるような雲の、柔かい煙りのような輪郭。
 地殻から立ちのぼるあらゆる騒音や楽音、芳香と穢臭とは、皆その雲と空との間にほんのりと立ちこめて、コロコロ、コロコロと楽しそうにころがりながら、春の太陽の囲りを運行する自分達の住家を、いつも包んでいるように思われる。
 二本の槲《かしわ》の古木の間に坐りながら、大気とともに満ち渡るなごやかな、ほっこりとした安らかさを深く深く呼吸する彼女は、髪の毛の先々にまで命の有難さを感じずにはいられなかった。
 ほんとにこれほ
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