見えないような眼を両手でこすりながら、物珍らしい周囲を見まわした。
美しい校舎や、森や。しゃんとした友達や、面白い学課や……。
古ぼけて歪み、暗くて塵だらけだった建物の中で、餓え渇いて、ガツガツと歯をならしていたあらゆる感情、まったくあらゆる感情とほか云いようのない種々様々な感情の渇仰が、皆一どきに満たされ、潤されるのを感じたのであった。
どれをどうと説明出来ないほど、生活の豊富と、活動の光栄に打たれた。
隅から隅までたんのう[#「たんのう」に傍点]した彼女は、今までの周囲と比較すれば、問題にもならないほどの趣味性の差異が齎らすどこともいわれない大らかな雰囲気のうちに、ホコッと眼を瞑《つぶ》り、頭を垂れて浸って行ったのである。
不自然な重圧をようようとりのけられた彼女の無邪気さ、絶対的な従順さが、天にも舞い昇りそうな意気とともに、躍り上り、跳ね上りながら奔流し始めたのである。
一日中で一番長い放課時間に、彼女はよく、校舎の後を抱えるようにしてこんもりと茂り、いつも青々としている小高い森へ入って行った。
そこから少し低くなっている彼方を見渡すと、白い小砂利を敷いた細道を越え
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