力に満ちた発育力のうちに、それ等の尊い感情の根元だけを辛うじて暖く大切に保存していてくれた。
何か一つの転機が、彼女の上に新らしい刺戟と感動とを齎《もたら》しさえすれば、一旦は霜枯れたそれ等の華も、目覚ましい色をもって咲き満ちる可能性が、一つ一つの細胞の奥に巣籠っていたのである。
そして、この非常に要求されていた一転機として、彼女の女学校入学が、殆ど予想外の効力をもったのであった。
どんなに陰気になっていても、彼女の年の持つ単純さが、新らしく彼女を取り繞った周囲に対して、驚くべき好奇心、探究心を誘い出し、ことごとに満たされ、ことごとに適度な緊張となる新規な習慣や規則が、実に無量の鼓舞と慰安とを与えたのである。
何だか漫然とした不安や焦躁を感じて、泣きむずかっていた子供を、一歩門の外へ連れ出してやれば、新らしい、珍らしい刺戟に今まで胸に満ちていたそれ等の感情を皆一掃されてしまう。
もちろん、これよりは深く、複雑な苦痛であったには違いないが、その苦痛を忘れさせるには十分な興味が、彼女にも、今与えられたのである。
彼女は、始めてホッとした。
そして、満足の溜息をつき、何だかよく
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