前では、もう一人のこれも自分には違いない自分が、厭な辛いことを健気《けなげ》にも最後まで忍び、雄々しい生涯を終った自らを、感歎し、賞揚し追慕して、潸然《さんぜん》と涙を流している……。
こんな、不合理なことを、彼女自身は何の矛盾も感ぜずに体ごと、その涙の中に沈潜して行くことが出来たのである。
実に屡々《しばしば》、これと大差ない奇怪な感情の陶酔に貫かれながら、どこにも統一のない彼女の生活は、だんだん彼女の年と、境遇とに比べて、有り得べからざる陰気さの中に、深入りして行った。
下手な、曲ったような字で、心が唸りを立てるほど漲って来る当もない憤激や、自分にほか分らない悲歎を書きつけながら、彼女は自分が世界中に「唯一人悩める者」のような心持がしていたのである。
かように、いつの間にか彼女の心のどこかで育っていた、理智と感情との権衡を失した力の争闘は、幾多の朦朧《もうろう》とした煩悶を産んで、小学時代の最後の一年間に、子供らしい無邪気さや、活気や、勇猛心は、皆彼女のどこからも消滅してしまったように見えていた。
けれども有難いことには、まだ倦怠を知らぬ活き活きとした生理的活動が、あの弾
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