さようならを云わなければならない淋しさ。その淋しさに心を打たれる弱い自分に反抗する心持とが、他のいろいろな不調和と一緒になって、彼女を次第に不自然な厭人的傾向に導いて行った。
そして、人と話し、人と笑いしている間に、いつともなく緩められて行くいろいろの感情、特に空想や、漠然とした哀愁、憤懣《ふんまん》などは、皆彼女の内へ内へとめりこんで来、そのどうにかならずにいられない勢が、彼女の現在の生活からは最も遠い、未知の世界である「死」の領内へ向って、流れ出すのであった。
育とうとする力、延びようとする力に充満している彼女のすべての生理状態は、自然的な死という現象からは、かなりの隔りをもっている。
今にさし迫ったことではないという、潜在的な余裕、安心と、彼女の空想によって神秘化され、何かしら魅惑的な色彩をほどこされている死そのものの概念とが、どんな幸福な若者の心をも、一度は必ず訪れるに違いない感傷的な憂愁の力をかりて、驚くべき劇を描き出すのである。
その幻想の世界において、彼女はいつの間にかきっと二人になっている。
確かに呼吸が止まり冷たい、堅い骸《むくろ》となって横わっている自分の
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