昨夜眠ったまま、もう永久に口をきかず、眼も見開かない自分が、冷たい冷たい臥床《ふしど》の中に見出されるだろう。
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 彼女は、彼女の知っている限りの美くしい言葉で考える。
 両親の驚きと、歎き。自分に不当な苦痛や罵詈を与えた者達は、最後まで正しかった者の死屍に対して、どんな悔恨に撃たれながら、頭を垂れるだろう、白い衣を着せられ、綺麗な花で飾った柩《ひつぎ》に納められた自分が、最後の愛情によって丁寧に葬られる様子が、まざまざと目前に浮み上って来て、涙は一層激しくこぼれる。
 堪らなく悲しい。
 けれども、そのときの悲しみ、涙は、もう生きているのが厭さに落す涙でもなければ、悲歎でもない。
 不幸な若死をした自分を悼む涙であり、死なれた周囲に同情する悲しみである。
 あれほど魂の安息所のようにも、麗わしい楽園のようにも思われた魅力は跡かたもなく消えて、今、死は明かに拒絶され、追放される。
「死ぬのはこわい」という恐怖が目覚めて、大いそぎで涙を拭く彼女は、激情の緩和された後の疲れた平穏さと、まだ何処にか遺っている苦しくない程度の憂鬱に浸って、優雅な蒼白い光りに包まれ
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