年頃、千葉先生は、水色メリンスの幅のひろい襷を持って居られた。その頃は、毎朝、始業前に、運動場に集って深呼吸と、一寸した運動をすることになっていた。先生は、そのような時、その水色襷で、袂をかかげられる。
 十字に綾どられた水色襷が、どんなに美くしく、心を捕えたのか。私と同級の一人の友達は、いつの間にか、それと寸分違わないもう一つの水色襷を作った。そして、何気なく体操や何かの時、ふっさり結んで肩につける。
 ところが或る日、担任の先生から、
「近頃、誰の真似だか知らないが、いやに幅の広い襷をかけたり、髪をゆるく落ちそうに巻いたりする人があるが、よろしくない」
と云う意味の小言を云われた。皆の心には、ぴんと、響くものがあった。

 翌日、さすがにそのひとは、水色襷をかけなかった。けれども、とても捨てかねたのだろう。四五日置きに、遠慮ぶかく、水色の襷が、動く手や頭の間にチラチラ見えた。(この愛らしい娘心の持ち主は、卒業後間もなく結婚して、死んでしまった。先生は勿論、此事を、此をよまれる迄御存知なかったろう。一体、生徒との、他から注目されるようないきさつは、全く好まれなかったのだから)
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