になって、私は久しく先生におめにかからない。先生の思想もお変りになったろう。自分の人生の見かたにも変化が起った。
けれども、いろいろのことから、一箇の人とし、女性とし、先生に持つ心は、以前にまさるとも劣らない。わたくしが、あまり頻繁におめにかかれないのも、互方いそがしいと云うばかりでなく、今迄とまるで違った分子が、先生に対する感情のうちに入ったので、それを、どうくだいて、楽に現してよいか、変なきまりのわるさがあると云うこともある。
時に、憂鬱になるほど、私は先生と、先生の圏境とを思うことがある。
先生の忍耐強さ、他を傷ることを飽くまで避けられる性質、思慮の細かさ、其れ等が却って先生の身を食うようなことがありはしないだろうか。
先生の、レザーブした魂が、黙って様々の深い思いを背負っていることを思うと、私は殆ど畏怖を覚える。先生を愛する弟子の一人とし、わたくしは、心から、先生の生活が、性格に対して自然に、いためつけられず進んで行くことを、祈ってやまない。どうぞこの祈りが、いつか、不思議な、先生の運命の扉の掛金に迄届くように。
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(附記。私は猶、胸にのこる多く
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