速口な、然し聞とり易い落付いたアルトの声で、全心を注ぎ、講義された俤が、今に髣髴としている。
先生は、顔に表情があるばかりでなく、肩から腕にかけて、非常に特殊な性格の一部を表して居られた。長い、肱の折れめの深い腕に、何とも云えず謙譲な、つつましさ、敏感さと云う感じが漂っていた。掌は、やや大きく確《しっ》かり力ありげに見える。
先生が、教える学課を何かの機縁にして、一人一人の生徒が自己を啓発して行くように努力されたことは、公平に、時を惜まず、箇人的な質問に応じられたことでも明であった。
学課についてでも、課外の読書に関してでも、或はもっとプライヴェートな相談でも、他に障害を来さない程度で、指導をいとわれなかった。読んで見るとよい本なども丁寧に教えられた。私が、科学的な書籍に或る程度の興味を感じ得るようになったのも、自己の裡に湧き上る思想、感情を、先ず持ちこたえて整理することを覚えたのも、皆、先生との座談的な質問、応答の裡に、習ったと云ってよい。
私のみならず、他の多くの若い女性にとって、先生は知識の指導者であるばかりでなく、一種心の頼りであった。うっかりしたことを云っては愧し
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