様に思われる。翳《かざ》してその色の麗わしさを愛ずる者は、自ずと広大な海原を思わずにはいられない。
 海原を思えば、海松のうちなびく魚族の王城を思わずにはいられない。日夜潮鳴る海を抱いて、遠く都を隔てた人々の胸に、この珠の名はいみじくもまた懐かしく響いたのである。
 しかし、鞘《さや》の下地に使う「さび皮」まで、馬の皮ならば紙で下着せを仰せつけるほどの厳しさは、決して物を風流では許さない。
 若し名目の通り虫の巣ならば、今まで通り献上などとは以ての外である。のみならず城中の使用も差し控えねばならぬことになる。お家大事と寧日も無い老臣達は、上への聞えを憚って、遂に今は一刻の猶予もならず、何とも知れぬ津軽の虫の巣を諸人環視のうちに吟味することに決したのである。

        三

 その日城内の大広間には、中央に矩広を始めとして、式服に威儀を正して家臣の誰彼が、何とも知れぬ心の張りを覚えながら、粛然として居流れていた。
 上座る諸人の胸には、数個の虫の巣が、問題の泡沫を麗わしく玻璃《はり》に浮かせて光ってる。
 人々はそれを白扇の上から上へと廻わしながら、物々しくその愛すべき小球の吟味
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