に取り掛ったのである。
 或る者は私《ひそ》かに無臭の珠に鼻を当てて見た。また或る者は仔細らしく小首を傾けながら、濃やかにも粋緻なる肌に爪を立てて見た。
 が、しかし分る者は無い。或は分る者が無いと云うよりはむしろ、分らせようとする者が無かったという方が適当かも知れない。何故ならば、彼等武士の一言という者は、直に懸ってその生命に在る。仮に分るとしても、僅かな自信はとうてい後難を慮《おもんぱか》る責任感を減ずるだけの力は無い。
 指名されてその意見を徴された者は、皆丁重な平伏と謙遜な辞退とをもって、彼の浅学はとうていその任に堪えないことを陳《の》べる。
 数個の珠は空しく、扇から掌へ掌から扇へと転々するばかりで、今はその玲瓏《れいろう》たる紫色も、人肌のぬくもりで微かな曇りさえ帯びた様に見える。
 皆は軽い倦怠を覚えながら、端然として無智な瞳を見開いていたのである。
 ところが、時の家老の蠣崎某は、いかほどこの状態を延引したところで彼の求むる結果とは余り遠いことを知ったのであろう、彼は終に一案を呈出した。それはこうである。
 元来火という物は、神代の昔から万物の不浄を潔め、邪気を払う物と
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