柄相当に四辺を潤おす土産話に、冬近い北国の城下はときならぬ陽気に蘇返った賑いを見せたのである。
けれども、やがてはそれも耳古りて来ると、今迄どこかの隅に逼塞していた、江戸表の噂も、こんどは施政の是非が人々の口に喧しく批評されるようになって来た。
それも在り来りのお家騒動やお白州事ではない。
お大名の間には、由々しい大事として、目下取沙汰されている当代綱吉公の、生類|憐愍《れんびん》のことに就てなのである。
二
始め、天資英明の聞えが高かった綱吉が、彼の初政に布いた善政は、長く諸人の胸に留まっていたので、生類憐愍の令も、或る程度まではいくらかの同情をもって、寛容に観られていたでもあろう。
しかし、歳を経るに従って、法令は益々出て益々奇怪至極なものとなって来た。
たとい公方様のお達しとはいえ、僅か自分の怪俄で死んだ小猫一匹のために、歴とした武家一族が、八丈嶋へ遠嶋とは、余りといえば存外ではないか。
また近くはつい先頃、江戸の小鼓では押しも押されもせぬ一代の名人観世九郎が、鬱晴らしについ何心なく羽田の沖に釣糸を垂れたばかりに、不愍にも船頭もろとも欠所遠嶋仰せ
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