。悲しいいやな心持で、はる子は手紙を状差しにしまった。

 秋が来た。夕方、忽ち夜になる。俄かな宵闇に広告塔のイルミネイションや店頭の明りばかり目立ち、通行人の影は薄墨色だ。模糊《もこ》とした雑踏の中を、はる子は郊外電車の発着所に向いて歩いていた。そこは、市電の終点で、空の引かえしが明るく車内に電燈を点して一二台留っていた。立ち話をしている黒外套の従業員の前や後を、郊外電車から吐き出された人々が通る。ひょっと、その群集の中に、はる子は千鶴子らしい若い女を認めた。こちらからはる子が進んで行く、二間半ばかり前面を横切って省線のステイションの方へ行く。横顔が確に千鶴子なので、はる子は覚えず立ち止った。そして声をかけようかと思った。丁度その刹那《せつな》、上体を少し捩《ねじ》るような姿勢で歩いていた千鶴子が、唇を何とも云えぬ表情で笑うとも歪めるともつかず引き上げた。千鶴子は勿論はる子がそこにいることは知らない。が、それは特徴ある表情で、見覚えがあるとともにはる子の出かけた声を何故か引こめさせる力があった。千鶴子は何か考えつつ、その表情を固定させたまま行きすぎた。
 はる子は、寒いような心の上に
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