もあろうかと思われる浦上天主堂の板の間の大柱の根に、薄穢く極りわるげにつくねられていた座布団どもの恰好を思い出すと、私の胸にはアナトオル・フランスの一つの物語が自然に浮んで来る。その題は、聖母の曲芸師。
浦上は、今長崎市から電車で僅三十分ばかりの郊外である。市中との間は、都会の外廓につきものの雑然さの中にある。私共は大浦の天主堂にいるうちに、天候が定ったらしいので俄に思い立ち、大浦停留場から電車に乗ったのであった。
終点から、細い川沿いに、車掌の教えてくれた通り進んだが、程なく二股道に出た。一方は流れに架った橋を越して、小高い丘の裾を廻る道、一方は真直畑を通る道。何しろ烈しい風の吹きようだ。真正面から吹きまくられて進むことは、二人とも寸時も早く免かれたい。彼方から女学校一二年らしい少女とその弟らしい子が連立って来かかった。私はすぐ、
「天主堂へは、どっちの路が近いでしょう」
と訊ねた。少女は、困った表情で私を見、自分の弟の顔を見た。
「さあ――私存じませんが……」
が、頓智で、
「御堂ですよ」
と、註釈を加えた。――少女は育ちのよい娘らしく、わだかまりない容子で、
「ああ、御堂
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