ではあるまいか。
軈《やが》て、書庫に導かれた。窓際の硝子蓋の裡に天正十五年の禁教令出島和蘭屋敷の絵巻物、対支貿易に使用された信牌、航海図、切支丹ころびに関する書類、有名なフェートン号の航海日誌、ミッション・プレス等。左の硝子箱に、シーボルト着用の金モウル附礼服が一着飾ってある。小さい陶器のマリア観音、踏絵、こんたすの類もある。ミッション・プレス、その他切支丹関係の書類は、歴史的に興味深いばかりでなく、芥川氏が数篇の小説中に巧に活用し、その芸術的効果を高めているような一種独特な用語、文体で書かれているため、文学的な面白さも充分ある。「あるじぜすきりしと」「びるぜんまりや」「あんじよ」「はらいそ」「いんへるの」古めかしい平仮名で懇《ねんごろ》に書かれたそれ等の文句には、微に詩情を動かすものさえある。けれども、私がたんのうする迄いるには、案内役に立たれた永山氏が多忙すぎる。数日の中にジャ※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]に出発されるところなのだ。福済寺、大浦、浦上天主堂への紹介を得、宿に帰った。
独りで待たされていたY、退屈しぬき、私の顔を見るといきなり云うことには、
「――どうだ
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