のであった。これらの古煉瓦こそ、あの明治時代からあった高塀からとって来られたもので、この一廓はもと占めていた敷地の四分の一ほどのところ迄退いているが、全然この土地から消えているのではなくて、愈々《いよいよ》新式に整備されて、あまたの人を養いながら、そこにたっていることを知るのである。
原っぱの端れあたりからの遠見だと、コンクリートの高さはわからないから何かの大きい工場のように見えるその建物が落成したとき、新聞に記事がかかれた。設備万端が改善されて、人が自由に暮すアパートのようだと語られているのであった。そして近日内部を公開して一般に見せるという記事である。
とある低い崖の上の小さな家の縁側で、サヨがその新聞記事に目をとめた。
「あら」
膝をのり出すようにもう一度その記事の上へ視線をあつめた。
「ちょいと、これ……わたし達みられるのかしら。――見たいわ」
いくらか上気したような頬をあげて、その新聞をわたした対手はこの家にいるべき筈の重吉ではなくて、編ものをもって一人暮しのサヨのところへ遊びに来ている友子であった。
「本当にどうなんだろ……でも行ってみましょうよ、ともかく」
「ねえ
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