奥のあぶなっかしい長屋の黒さが鋭い対照をなして浮立って来て、そこには油絵具でなければうつせないような濃い人の心をうつ荒廃の美があった。何千坪あるのか、その原っぱに大体こういうようにして均衡が破れているために却って変に印象的になって景色がはまっているのであった。
 よくあるとおり、この原っぱを歩道から仕切っている針金の垣根にも、既にいくつかの破れがあった。そこから草の間を縫って、いつの間にやら踏みつけられた小道がある。初めはどれも同じように見えるその細い踏みあとを辿ってだんだんと歩いてゆくと、その一本はやがて次第に左へ左へと、原の端れを三角に走って町から町への近路となっており、中途から岐《わか》れた一本は辛うじてそれとわかるほど細まりながら、丁度例の緑青色の円屋根のついた赤煉瓦の塔の下へ出た。下まで来て見上げれば、その塔の中に見張人のいることもわかる。そのあたりの同じように建てられた家の塀は皆同じように赤煉瓦づくりで、それがどれもこれもメジをはがしたあとのそっくり見える古煉瓦でつくられていて、どうしてこんな煉瓦ばっかり集めたのだろうという疑がおのずとおこったとき、初めて人々は深くうなずく
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