しながら単調でなくて、暫く佇んでみているうちにこの原の風景としての面白さには、草原の右手よりの彼方に聳えている一つの小さい古風な、赤煉瓦の塔の緑青色の円屋根が重要なアクセントをなしているのがわかって来るだろう。その塔をかこんで灰色のコンクリートの塀が延びていて、その一廓の近代的な白い反射にひきかえて、そこにつづく原っぱの左手には、ひろい距離をへだてたこちらからもその古びかたや、がたがた工合のかくせない人家が黒くあぶなっかしく連っている。風雨にさらされつくしたせいだろう。晴れている日の遠目にも、それ等の家々の黒い色に変りがない。原っぱの果《はて》のそういう二階家の一つで、何のはずみか表から裏まで開けっ放しになったりしていると、黒い四角い生活の切り穴のようなそこから樹の一本もない裏っ側の空までが素どおしに見えて、そこにある空虚の感が眺める人の心に沁みこんだ。
 原一帯に木がないかわり、左手の端れに桜の老樹が幾株か並木のようにあって、大きくひろがった梢の枝に花が咲き開くと、そちらは東だから朝日をうけた満開の様子が何とも云えず新鮮であった。そしてその桜の色が美しく瑞々しければ瑞々しいほど、その
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